recording Singer

はじめまして。

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michiko(@michiko_coralfree)と申します。

今日からブログを始めてみたいと思います。

筍は竹から生えてくると本気で思っていた痛い子です。

文章力も語彙力もない私ですが、

二児の母

シンガー

作詞作曲

ボイストレーナー

デザイナー

な〜んてのもやっているもので、刺激的な日々を送っているのです。

そんな私の日常を、日記のように書き留められたらなと思い始めてみました。

今、coralfree(コーラルフリー)という、ピアノのvenさんバイオリンの小山啓久さん、

私がボーカルの3人ユニットやってます。

アルバム1枚、シングル1枚をBASEで販売中。

iTunesでカバー曲含め20曲配信中です。

宣伝はほどほどに。

 

歌の道へのきっかけ

まずは15年前から続けている「歌」について。

18歳の頃、専門学校に通い、歌や音楽を学びましたが、もう少し前のお話から。

専門に入る前、高校の時の友人がカラオケのトイレに貼ってあった「歌手募集」という、

昭和か!ってくらいの、素朴なチラシを剥がして持ってきました。

これ電話しなよーって酔っぱらいながら。

本人今でも覚えていないらしい。

あれ、十代だけどこの内容大丈夫?笑

まいっか。

※私はお酒飲めません。酒なんてこの世からなくなっちまえ!

って曲がcoralfreeのオリジナルにあるので、今度ブログで紹介しますね。

 

若かったもので、すぐに電話したんですよ。

一風変わった、山下達郎さんっぽい

中折れハットを被った男性が現れました。山下さんに失礼。。

SHOWに一緒に出てくれる若い女の子を募集しているとのこと。

結婚式だったり、色んな施設で昭和歌謡曲を歌うためのグループを結成したいんだとか。

一応プロダクションだったみたいだけど。

 

 

1ステージ 5000円~

 

 

なんと!

 

オカネガモラエル。

 

払うのではなく

 

 

貰える!!

 

 

ピチピチJKな私。

あ、その頃はJKなんて言葉はなかったですよ。

好きな歌でお金が貰えるなんて!

こんな嬉しいことはないじゃないですか!

速攻頑張らせてください!

と、完全に目が¥だったと思う。

 

DTMer K氏との出会い

そしてSHOWのために、カバー曲のカラオケをオリジナルで作ってくださっている

作家さんの家に挨拶に行くことに。

若干24歳の、後ろ髪ツンツン前髪横流しの男子がいたんですよ。

彼の事をここではK氏と呼びましょう。

前髪横流しとの出会いが

あ、

K氏との出会いが、私の音楽人生を大きく変えました。

初めて音楽制作の現場というのを見て、なんかすごい。の一言。

ご実家なんだけど、K氏の部屋だけちゃんとスタジオになってました。

大きなテレビモニターが一つ置いてあって、その下にはでかい鍵盤、卓はなかったかな。

protools(プロツールス)という、当時100万以上する機材ですよ。

こんなやつ↓ちなみにこれは現在のcoralfree  venさんのスタジオ。

 

奥にシングルベットがギリギリ入る2〜3畳くらいの部屋が。

ベットをカーテンで隠し、半畳くらいのスペースに、ボーカルブースが作ってありました。

壁には卵のパックが敷き詰められてた.。

卵のパック。

 

いやいや、こっち。

 

卵のパックってよく防音のために使ってる人多いんだけど

防音効果はないんですって。音を散らすことができるだけみたい。

話しは戻りますが、、

こんなん壁一面に貼ってあるベットルームってどんなよ。

今考えたらすんごいスペースだったな。

 

卵のパックに囲まれながらレコーディングをしました。

初めてのレコーディング

まだ歌も習った事ない、ライブもしたことない、ペーペー女子高生。

突然のレコーディング。

つくづく恵まれた環境だったなと思う。

しかし衝撃的だったなぁ卵のパッ…

 

しつこいな。

 

 

そしてそのプロジェクトでの初めてのSHOWが老人ホーム。

松田聖子さんの青い珊瑚礁、恋のバカンスや、蘇州夜曲

色んな曲歌った。

すんごい派手な衣装で。

青い珊瑚礁を、あやや(松浦亜弥さん)並のド派手カラフルフリフリミニドレスで歌ったった。

あー痛い。痛い思い出や。

あと、SMAPさんの世界に一つだけの花。

もう一人一緒に歌ってた長身で細い、目も細い男性と、

山下達郎と3人で歌ったんだけど ←本当失礼

なぜか純白のサテン生地でできたマリリンモンロー風ドレスで歌うという。

男性二人も白のスーツ。

ん?結婚式か?

 

センスのかけらも感じない衣装たちでしたが、それはそれで楽しかったのだけどね。

その後は結婚式の二次会などで、秋桜や美空ひばりさんの真っ赤な太陽とかも歌いました。

とにかく、SHOWとしては回数が少なかったけど、めちゃくちゃ経験させてもらった。

結局活動はなくなってしまったのだけど、

山下達郎には本当に感謝してます。ええ加減にセェ。

 

その後K氏から、仮歌をやってくれないかと声をかけられ、

全く違う方向で私の歌人生が始まるのです。

 

歌のお仕事 ”レコーディング”

仮歌。

楽曲提供をする際に仮の歌をレコーディングしプレゼンする。

K氏も駆け出しの作家だったので、最初はコンペが多かったな。

それでも沢山仕事くれたし、色んな経験させてもらいました。

アイドルちゃんやロックバンドのコーラスとか、

音楽番組のイメージキャラクターの声とか、

女優さんのPVの振り付けとかまでさせてもらった。

K氏のお陰で、レコーディングということに慣れることができ、対応力が身についた。

その場で聴いて、覚え、歌う。

見渡せば卵のパック。

慣れてくると、だんだん無茶振りが当たり前になっていき、難易度が上がっていく。

venさんはK氏の紹介で知り合ったのだけど、venさんも作家さんなので、よくお仕事させていただいてました。

もちろん仮歌も多かったです。

そして無茶振りも。笑

今じゃ一緒にユニット組んでるなんて、想像もしなかったな~

ちなみにvenさんのスタジオには卵のパックはなかったです。

 

私が結婚して子育てしているうちに、だんだん会わなくなってしまったK氏。

昔はよく音楽仲間みんなで旅行行ったり、飲み会したりカラオケ行ったり…

色んなところに連れて行ってくれて、お兄ちゃんみたいな存在だった。

あ、男女の関係ってやつではない。笑

もう7年くらい会ってないかな。

都内ですんごい大きいスタジオを建てたという噂を聞いているので、

今度遊びに行ってみようと思います。笑

 

はっ

 

まさか。

 

大量の卵…

 

 

いい加減にしなさい。

 

 

ライブ活動 お世話になったHoney Bee

話は戻りますが、K氏との仕事をしながら、アルバイトもしてました。

そして都内中心に、月に3~4回ほどのライブ活動をしていたのです。

初ライブは新宿御苑。

なんか新宿に縁があるんですよね。

その次もまた新宿。

飛鳥ホテルの13だったかな?

飛鳥ホテルはサスペンス系のドラマの、殺害現場としてよく使われていたらしい。

紅葉さんいたかなぁ。

Honey Beeという、ライブが楽しめるバーがあって、そこで歌わせていただいてました。

三浦弘とハニーシックスという、兄弟で結成されたムード歌謡曲を歌うバンドさんが

定期的にライブをされていました。

ドラムの三浦英樹さんが、私のアー写(アーティスト写真)なんかも撮ってくださったり、

歌のレッスンもしてくれたり、本当にお世話になったのです。

とってもステキなバーで、眺めも最高。

アルバイトなんかもしちゃったりして。

プロの方のライブを間近で見ながら、アルバイト。

あー懐かしい。

二十歳の私には最高の仕事場でした。

今もあるのかな?

久しぶりに行ってみようかな。

 

その頃、新大久保にあるボーカルスタジオに通い始めて、同じスタジオ仲間達とHoney Beeでイベントやったりしたんです。

あ、ボイトレのことはまた後日ゆっくり書きますね。

ボイストレーナー森香先生PLENTY MUSIC STUDIO)との出会いから色々。

とっても濃い~ので。笑

ちなみに今も通っています!

そんなこんなですっごい長くなりましたけど、第一回目のブログ終わり!!w

長文読んでいただいてありがとうございました!!

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